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天才を考察する

天才を考察する: 「生まれか育ちか」論の嘘と本当 (ハヤカワ・ポピュラーサイエンス)

才能や知能は、それぞれの遺伝子によって予め決められているわけではない。むしろ時間とともに発達する。遺伝子の違いは確かに重要な役割を演じるが、遺伝子だけが複雑な特徴を決めているのではない。実は、遺伝子と環境は相互に作用するのであって、その動的プロセスに対しては、自分で完全にコントロールする事は出来ないものの、大いに影響を及ぼす事は出来る。全く同じ潜在能力を持った人はいない。その一方で実際に自分の限界を突き詰める人はほとんどいない。物事を達成しようとするときに限界を設けるものとは、親から受け継いだ遺伝子の質ではなく、既に持っている物を活用し切れていない本人の至らなさなのだ。著者の主張です。
古来才能は才能は、神から与えられたものとされてきました。19世紀になると、メンデルの法則(中学校で習いましたね、えんどうまめの交配実験により、花の色、豆の形は遺伝子の影響で次世代に受け継ぐというもの)によって、遺伝子の存在が知れわたると、遺伝子+環境によって才能は作られると、考えられてきました。
しかし最近の研究の成果により、遺伝子と環境は相互作用を起こすことがわかり、遺伝子×環境が才能を育てると言う事が定説になっています。
同じ遺伝子を持つ双子でも、似ているところ、似ていないところそれぞれ、後天的な環境のほうが影響を与えている割合が多くなっているそうです。
また、短距離走・長距離走で世界ナンバーワンを占めるアフリカ勢は、もともと、走る事に秀でた遺伝子を持ているから強いという認識を持ってしまいがちですが、実は、走らざるをえない生活環境や、国をあげてのスポーツ強化で並々ならぬ訓練を受けていることが大きな勝因のようです。先進国では、お小遣い程度の大会賞金が、これらの国では、とてつもない金額に感じられることや、本人の選手生命や怪我の予防と言った事を考えながらされる先進国の指導に対して、何十人の中から、一人でも強い選手が生まれればいいと言う考えで、とうてい考えらないような距離を走る練習をするという環境の違いが、アフリカ勢にメダルをもたらしていると言う事です。
天才は生まれつきの物ではなく、環境次第で凡人と思われている人でもなる可能性があります。けっしてすべての人がなれるというわけではありませんが、天才になる方法として、動機を見つける、自分を厳しく批判すること、ダークサイド(苦々しい後悔・責任転嫁)に注意する、自分の限界を見極めた上で、それを無視すること、満足を先に延ばし、充足に抗うこと、指導者を見つける、などなど日頃自己啓発本でよく見る言葉が並んでいます。
当たり前のことだけど、人が出来ない努力をした先に、天才という成功があるということでしょうか。
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