遠距離通勤のお供「読書案内」
ビジネス書を巡る2時間20分の冒険
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探検家、36歳の憂鬱

探検家、36歳の憂鬱

学生の頃は探検家とか冒険家という人に憧れていました。自分自身が探検に行ったりしていたわけでなく、植村直巳や本多勝一といった本を読むのが好きだっただけです。せいぜい今、子どもたちにとってのささやかな冒険の手助けをしている程度です。
植村直巳の著作
本多勝一の著作

憂鬱というのは人間誰でも抱く感情ですが、探検家特有の憂鬱というものが存在するのだろうか。この疑問を持って読み進めました。最初のうちは、35歳も過ぎて確固たる生活基盤がない人と女の子に思われるのが嫌だとか、女の子と慎ましやかな幸せを手に入れることが出来なかったとか、探険家の3大北壁は就職・結婚・子どもだとか、特別探検家でなくとも、抱きそうな、えっこんなことと思うようなことが憂鬱として書かれています。
しかし最後に核心に迫る記述がありました。
一つの事に成功すると、今度はもっと大きくて困難な目標が頭に浮かぶのだが、しかしその瞬間、その目標に自分自身が絡め取られてしまう、つまり目標そのものが、目標というより、達成しなければならないという風に自分を追い込む強迫観念となってしまい、それを断念する事が自分の弱さの露呈であるような気がして、永久に逃れられなくなってしまうのだ。目標から撤退する事は、死を覚悟で挑戦することよりも時に苦しい事がある。
著名な冒険家の死というのは、こういった背景があるのでしょう。
目標に絡め取られてしまうということは、ビジネスの世界でも起こりうることだと思いますが、生死をかけた(実際に死を間近に感じた事のある)者にしかわからない感覚なのでしょう。


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